運命は変えられるか・パラレルワールド

 

 

成功すればレールに乗った。失敗すればレールから外れた。
人が生きていく過程をレールと呼ぶ事がある。

 

そして誰もがそのレールから外れないように生きている。

 

自分もそうだった。
レールに乗る為にあまり無謀なチャレンジはせずに、
高校は推薦で 100%入れるところを選び入学した。

 

その高校でちょっとがんばってトップクラスの成績を取り(高校の偏差値が低い)、
その成績を使って会社に入る。

 

就職氷河期の生き方として、中学生にしてはよく考えたなと思う。

 

現に2000社から選び放題だった。

 

大学に行くより就職にしたのは頭が悪い事もあるが国の経済状況が
どんどん悪くなっている状況で今を逃せば就職できなくなると考えたからだ。

 

同年代の大卒の人達を見ると正解だったのかなと感じる。

 

会社に入ってからは、それなりにがんばったと思う。
賃金を頂いてる以上、その分の働きをしようと思って仕事をしていた。

 

10年を過ぎた頃には、確実にレールに乗っていた。
自分の能力にしては太いレールに乗っていたと思う。出来すぎだ。

 

30歳を過ぎた頃、レールの先を想像する。

 

このまま大きな失敗をしなければ順調に出世し、それなりの家を買い。
10年毎に好きな車に買い替える。
子供がいれば3人くらいなら全員大学まで面倒見て、
定年して退職金を
それなりに貰い、年金で暮らす。

 

まさに国が推奨する幸せの定義そのものだ。
普通こんなもの手放す訳がない。
あたりまえだ。

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しかし、自分は普通ではない。
このままでは本当に上に書いた通りの人生に
なるだろう。

 

先の見えている人生。そんなのは耐えられない!

 

例えると1度クリアして犯人がわかっているサンドノベルゲームを
もう一度スキップ無しでやらされるような感覚だ。


そして普段から考える「運命は変えられるか」という疑問の答えを出して
みたくなった。

 

運命という言葉は、過去形で使えば違和感無く受け入れられるが
未来の出来事に対して使うと、うさん臭くなったり後から考えて結局
こっちを選ぶ事が運命だったと言われたりする。

 

今乗っているこの順風満帆な太いレールを自ら外れれば
運命を変えたと言って良いのではないかと
考えた。

 

結局後から「それが運命だった」と言われれば何も言い返せないが
自分の中ではそれを実行する事により何か見えるものが有ればそれで良いと
思っている。

 

レールを外れた後の事も考えなくてはいけない。自分は何をするのか。

 

パラレルワールドという概念がある。もしあの時、違う選択をしていたら
別の形の人生を歩んでいたかもしれないという物である。

 

それは、人によって数が違う。自分にもいくつか選択肢があった。
その中の1つに、このレールを切り替えれば後悔しないだろうと思った。

 

そして1番やりたかった事を選択し、今乗っているこの太いレールを焼き切り
別のレールに無理やりつなげた。

 

他の記事にも書いたが、これを実行する事により
他の人に迷惑を掛けてしまった事は本当に申し訳なく思っている。

 

このレールに切り替える事が死に直結しているかもしれないし
何か大きな事を成し遂げるかもしれない。

 

少なくとも以前のレールではこのブログを作成する事は無かった。
本来、自分の意見を公開することはあまり好きでは無い。
今もなぜブログを作成したのかよくわからない。

 

1つ言えるのは先の見えない人生は楽しい。結局これが自分の運命だったのか・・・

 

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